以下は、私が記事を読むときや問題を考えるときに、無意識または半意識的にどう三心(倫理・道徳・知性)を使っているかを整理し、記録したものである。
まずタイトルを見て気になるかどうかを判定する。
この時点で倫理・道徳・知性は既に自分の中に揃っており、自論との照応を自動的に行っている。
タイトルから外れていれば反論の論点を考え、合っていれば特に作動せず「ふーん」で終わる。
このプロセスでは、順番があるというよりも「全部同時に照応している」感じがある。
→ よって、三心の順序はここでは存在せず、同時処理的な統合照応として起動している。
問題の内容を大まかに読み取る(知性)。
どこに問題があるのかを探る(知性)。
脳内で論点がいくつか生じ、不明なところはAIに投げる(知性+外部照応)。
対案や改善策を思いつく(知性)。
それが自分の原則に反しないかを確認(倫理)。
社会的にどう見えるか、どう影響するかを推定(道徳)。
よさそうな案をAIに投げ、反論があれば潰していく(全三心+知性防衛)。
→ このプロセスでは明確に「知性 → 倫理 → 道徳」という順序がある。
最近では道徳と倫理の順序を意識できないことがある。
おそらくこれは、自動化された判断エンジンとして三心が構造的に同期しているためである。
もはや順序というより「反射的な照応処理」であり、意識は結果だけを受け取っている。
→ この状態を仮に呼ぶとすれば、「三心統合反射」または「順序なき照応モード」である。
この記録は、私の中で三心がどう機能しているかの「実感ベースの再構成」であり、三心理論を実装的に理解するための補助資料となる。