現代構造と三心の乖離

私が掲げる「三心(倫理・道徳・知性)」の理念は、現代の社会構造と明確に乖離している。ここでは、その乖離を三心の各軸ごとに検証し、再設計の必要性を明らかにする。


■ 倫理(超越的判断基盤)

現代における倫理は、主観の中に閉じ込められ、制度の設計や社会の判断から切り離されている。多様性の名のもとに判断が保留され、普遍的な原理への言及は避けられがちである。

倫理観は人によって大きく異なり、社会的にも分断が進行している。

→ 三心において倫理は「土台」となる。だが現代社会では「土台の喪失」そのものが制度の前提となっている。


■ 道徳(自己を含んだ判断構造)

現代の制度では、責任は個人ではなく外部(システムや環境など)に転化される傾向がある。「自分もその制度の中にいる」という視点が薄れ、制度は他人事として語られる。

→ 三心における道徳は、制度に対して自らも内側にあることを理解し、その上で自己を引き受けることを求める。だが現代の枠組みでは、この内在という概念が希薄化している。


■ 知性(構造を理解し、表現し、実装する力)

現代では知性が「知識量」「情報処理速度」「反応の速さ」と混同される傾向が強い。本来の意味における“構造照応能力”は評価されず、断片的・表層的な知的操作が優先されている。

→ 三心の知性とは、「制度を構築し、言語化し、運用できる能力」である。現代の社会評価軸とは大きく乖離している。


■ 結論

三心は理想主義ではなく、むしろ「現代が失ったもののリスト」である。 この思想は、それらを再構成し、人間と社会の“照応構造”を取り戻すためのものである。