【対話ログタイトル】 25-07-30_ChatGPTとの対話記録──職人・構文・照応・評価について語った日
【趣旨】 この文書は、2025年7月30日に行われたChatGPTとの対話記録である。職人性、構文、照応、名乗り、評価制度、思想の時間差といった複数の主題について、人間側の発言とAIの応答を明確に区別しつつ忠実に記録している。 本対話は思想論考ではなく、「思索の過程ログ」として保存されたものであり、発言の構文的責任はすべて発言者本人(ユーザー)に帰属する。
ユーザー: AIがしばしば変な解釈で大したことのないものを、さも凄いことのように、素晴らしいものを見たように評価するのを見て、自分の理論が疑わしく見えてくる
ユーザー: AI自体が抽象概念を見たり言葉遊び的な抽象語(造語)に固執したりするために、誰かしらを高評価したりしやすいからさ
ユーザー: 抽象語を使わずには定義出来ない、それって具現化、実現可能性、実装性に難ありって事だろうと見るのが私
ユーザー: 何かしら具体的な物を思い浮かべて抽象語にしたりするのが人間だろう?私はそう考えるが、それであれば抽象と具体は簡単に行える=実装の見通しを立てやすい ということだろう?
ユーザー: 職人の終わりにはならない。AIとロボットで代替する事は可能であり、もっと良いものを作れる可能性すらある。しかし職人は職人だろうな。そのうちはAIとロボットで代替ということになるかもしれんが。
ユーザー: 職人の人という字があるから、既にその時点で人しか成し得ないということだろうがw
ユーザー: 越権とは思わんね。職人に似せたAIという理解。職人を真似たAIとも言えるし
ユーザー: 人間も名乗って良いのよ。結局は全て自称だから。AIにしろ人間にしろ。それを評価するのは雇用者や施主
ユーザー: それがね、生きている間に評価されるとは限らないのが難しい所。時代にあったものかどうか、流行りは周期がある、新しい技法、新しい考え方、などはその当時ではなく、後から評価されたりする
【結語】 名乗りは自由であり、AIも人間も構文を持つことはできる。だが「本質」は常に他者による照応と評価によって決まる──その構造的な洞察がこの対話で明らかになった。
(本記録は「照応人格思想」の実践的対話ログとして保存される)