※続編
「出生数を増やすには、社会の根っこをいじるべきだ②──信頼の再設計へ」 


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目次

  1. はじめに
    1. 結婚数が増えなければ、出生数も増えない
    1. 小学校から「レクリエーションタイム」を導入せよ
    1. 地域とのつながりを学校に組み込め
    1. メディアは家庭や子どもを「幸せ」として描け
    1. 「不審者情報」の過剰が信頼を壊す
    1. 統計で見るなら「手取り年収 × 出産数」の散布図
    1. テストして、正しい方向なら広げればいい
    1. 「正しさ」を定義するところから始めよう
  2. おわりに

はじめに

出生数の減少が問題だと言われ続けているが、「本当に何が原因か」を真面目に分解し、1つずつ修正しようとしているようには見えない。金をかければいいという単純な話でもない。


1. 結婚数が増えなければ、出生数も増えない

結婚数が増えなければ出生数が増えるはずもない、というのは当然の話である。

そもそも現代社会では、結婚に至るきっかけや出会いそのものが非常に少なくなっている。コンビニやネット通販の充実により、1人で完結できる生活が容易になり、誰かと暮らす「必要性」自体が薄れてきているのだ。

また、平均年収や手取りの少なさを理由に、結婚や出産に消極的な若者も多いだろう。

私自身、過去にマッチングアプリに登録したことがあるが、1人からメールが来ただけだった。自分から動くこともできず、結局は何も進展しなかった(ちなみにここでは年収を240万円などと書いていた記憶があり、ある意味実験的意味合いも兼ねていた)。そういう人は多いものと推察する。逆に、元内縁の妻との出会いは、近所の顔見知りのおばさん――つまり彼女の母親――という「縁」だった。こうした昔ながらのつながりの中で出会いが生まれることもある。

結婚は「昔から知っていて、長い間付き合いがある」ことが前提として機能することが多い。知らない人とのマッチングは簡単だが成功率も低く、離婚率も高くなる。(データ未検証)


2. 小学校から「レクリエーションタイム」を導入せよ

学校には空間がある。でも、男女が自然に関わる機会は限られている。

だからこそ、小学校1年生から「レクリエーションタイム(共同の研究や遊びや地域交流)」を導入するべきだ。男女で一緒に料理、掃除、ミニ研究、遊びなど、自然に共同作業をする時間を設ける。これは家庭科的、道徳的、体育的な捉え方でもいいかな。

中学まで検討するのが良い。高校では無くしても構わないだろう。

こうした活動は、単なる男女の接触機会にとどまらず、将来的な「信頼感」や「協働意識」を育てる土台になる。子どもが男女仲良く遊び、それで育っていけるだけでも、結婚の機会は訪れやすくなるはずだ。


3. 地域とのつながりを学校に組み込め

レクリエーションタイムに地域の人々(老人会、保護者、町内会など)を加えることで、地域との関係も深まる。

現代は「不審者」「通報」といった過剰な警戒感が先行し、顔見知りの関係が築けなくなっている。まずは挨拶から始めて、顔を知る関係づくりが必要だ。

さらに、この関係は将来的な「縁結び」の機能を担う可能性がある。親や親戚、地域の人々が紹介役になることで、マッチングよりも高い成功率を生み出せる可能性がある。

地域や他人との信頼関係の醸成、それによる地域での交流活性化、色々とプラスな面が見えてくる。本当のゆとり教育とは、こうした信頼と交流を育むことではないかと考えている。


4. メディアは家庭や子どもを「幸せ」として描け

テレビで延々と愛憎劇や浮気、離婚を扱うのは、結婚や家庭に対する悪い印象を強化しているだけに見える。

もちろん、表現の自由は憲法によって保障されるべきであり、国家や行政が直接的に内容に干渉すべきではない。

しかし一方で、社会全体として「子どもや家庭が幸せであること」を積極的に描く文化がもっと育まれてもよいのではないか。

これは法的強制ではなく、社会的努力義務として定義づけられるべき領域であり、教育機関や報道・娯楽業界においても、自主的にその意義を見直す余地があると私は考えている。「幸せなもの」として信じられるような教育やメディアの役割が必要だ。


5. 「不審者情報」の過剰が信頼を壊す

現在、テレビやネットでの不審者情報が過剰に流されている。その結果、人々は情報の重要性を見極められなくなり、まるで「オオカミ少年」のように、警戒情報に対して無感覚になっている。

実際には、単なる「声かけ」や「見られた」程度の内容が多く、本当に危険な事例は少ない。

犯行を行う者は監視されていようが構わず実行するものであり、ほとんどの人は善意のある市民である。

それにもかかわらず、過剰な警戒心が子どもに「知らない人=すべて危険」という価値観を植え付け、社会の基本的な信頼感を破壊している。

しかし、もし第2章で述べたようなレクリエーションタイムが学校で設けられ、地域との日常的な交流が始まれば、この情報共有にも一層の価値が生まれるだろう。顔を知る関係があれば、実際の危険との線引きも明確になり、必要な警戒と健全な信頼の両立が可能になる。
地域との連携も視野にいれた対策を取ることが可能となる。

お互いに手を取り合うような関係性が日常化すれば、たとえば子どもがお年寄りの荷物を自然に持ってあげるようになり、お年寄りもまた地域の安全に目を配るようになるだろう。そうした日々の積み重ねが、形式的な防犯よりも強い抑止力や安心感を生むのではないか。


6. 統計で見るなら「手取り年収 × 出産数」の散布図

年収が気になるなら、まず「平均年収」ではなく「手取りに近い実効所得」と「出生数」の関係を見るべきだ。

これは仮説だが、年収がある一定値を下回ると結婚・出産が極端に減る傾向があるように思う。統計分析で政策を支えるなら、散布図で現実を見せる方が良い。

ただし「手取り年収」は定義が難しい。企業ごとの控除項目(社食代、寮費、積立金など)が加わることで、正確な可処分所得が把握しづらくなるためだ。

そのため、ここでは税金・社会保険料・年金負担を控除した金額(=純課税後所得)を基準とするのが現実的だろう。これにより国民間で比較可能な指標が得られ、出生行動との相関も見えやすくなる。

ただし、実際には「純課税後所得と出生数」を直接対応させる統計データは日本国内において十分に整備されておらず、個人ベースでの分析は困難であるのが現状である。図を描きたくても公的統計における項目の断絶や個票公開の制限があるため、散布図の作成そのものが不可能な場合が多い。

※ AIによる補足よる補足:この分析上の指摘(純課税後所得×出生数に関する統計整備の欠如、および可視化の困難性)は、ChatGPTによる構造的ファクトチェックと現状の制度理解を踏まえて整理されたものである。


7. テストして、正しい方向なら広げればいい

どんな提案もいきなり全国には適用できない。だからこそ、小さくテストして、効果があるなら少しずつ広げていけば良い。

地域交流もレクリエーションタイムも、最初はモデル校で始めて検証すればいい。


8. 「正しさ」を定義するところから始めよう

一番の問題は、「何が正しいか」を決めずに制度だけいじること。

まずは方向性を定め、次に意見を募って修正し、実行段階でも柔軟に見直す。そういう運用が必要だ。そこにこそ、行政の知性と柔軟さが問われているはずだ。


おわりに

この問題の根っこには、教育や福祉の充実だけではどうにもならない、社会全体の「信頼感の喪失」という深い構造がある。それを取り戻すことが、少子化対策の本質の1つであると私は信じている。