私の書き方はふんわりとはしない。メールなどもこんな具合である。
昔は3Dチャットという空間で軽い言葉も多用したが・・。
短歌はここ3ヶ月ほどの間、静かに流行っています。

目次

  1. 一首目:立ち馬に 乗せてみせたる オリオンぞ さすらば滑り 落ちるもの有り
  2. 二首目:膝痛む 落下事故ある さすらえば ヒヤリハットと 人は言うなり
  3. 三首目:聞こえたる その音たるや 飛行機ぞ 揺らするガラス 目にも映せり
  4. 四首目:眠気をば 飯ぞ食べたる その後か 彼のものついぞ 椅子に倒れり
  5. 五首目:天板で 作業したるが ゆらゆらと 脚立の脚ば 酒酔うものか
  6. 六首目:たゆたうと 我が身を視たう 水面なら そこにありしは 岩とも映る
  7. 七首目:詠まぬ日よ そうはありえぬ 日々たりて 心と共に 考えぞ知る
  8. 八首目:朝起きる 音が聞こえけり 雨音ぞ 仕事にいくは 水浴びとなる
  9. 九首目:朝の雨 滝かと思う 音なれば 仕事に行くは 憂鬱ならん
  10. 十首目:短歌とは 思考鍛錬 そのものか ものの有り様 思い至れり

すべて表示

一首目:立ち馬に 乗せてみせたる オリオンぞ さすらば滑り 落ちるもの有り

訳:立ち馬の上に、さらに“オリオン”という足場を載せて、その上に私は立った。だがもし、その足元が揺らげば――滑って落ちる者が出ることもあるのだ。


二首目:膝痛む 落下事故ある さすらえば ヒヤリハットと 人は言うなり

訳:膝を痛めるほどの落下事故だった。そうであるというのに、人は「ヒヤリハット」と言って済ませてしまう。


三首目:聞こえたる その音たるや 飛行機ぞ 揺らするガラス 目にも映せり

訳:聞こえてきたその音は、まさに飛行機のものだ。ガラスを揺らし、その揺れが目に見えるほどであった。


四首目:眠気をば 飯ぞ食べたる その後か 彼のものついぞ 椅子に倒れり

訳:食後の眠気に負けてしまったのか、彼はとうとう椅子を並べて上に倒れてしまった。


五首目:天板で 作業したるが ゆらゆらと 脚立の脚ば 酒酔うものか

訳:脚立の上の天板で作業していたが、その脚立はまるで酔ったように揺れていた。


六首目:たゆたうと 我が身を視たう 水面なら そこにありしは 岩とも映る

訳:水面に揺れる自分の姿を見ていた。そこに映ったのは、自分でありながら、動かぬ岩のようにも見えた。


七首目:詠まぬ日よ そうはありえぬ 日々たりて 心と共に 考えぞ知る

訳:短歌を詠まぬ日などあるはずがない。日々の暮らしと心と共に、思考がそこにあるのだ。


八首目:朝起きる 音が聞こえけり 雨音ぞ 仕事にいくは 水浴びとなる

訳:朝、目を覚ますと音がしていた。それは雨の音だった。今日の仕事に向かうことは、つまりずぶ濡れになることだ。


九首目:朝の雨 滝かと思う 音なれば 仕事に行くは 憂鬱ならん

訳:朝の雨の音は、まるで滝のように激しかった。そんな中で仕事に行くことを思うと、やはり気が重くなる。


十首目:短歌とは 思考鍛錬 そのものか ものの有り様 思い至れり

訳:短歌とは、思考を鍛える営みそのものである。物事の在り方というものに、私は思い至ったのだ。


十一首目:眠気ども 休み終わるる 時間たり ついぞ立つ時 疲れも取れず

訳:休憩が終わり立ち上がる時が来たが、眠気も残り、疲れも抜けていない。

※「眠気ども」には重層的な意味が込められている。


十二首目:我が意図と 異なる文が いでりけり 考えたるも 解はあらずや

訳:自分の意図とは違う文が出てしまった。いろいろ考えてみても、答えは見つからない。


十三首目:ふんわりと 書きたる想い ありありと しかし上手くは 書けぬものだな

訳:ふんわりとした思いが確かにあるのに、それを上手く表現することは難しい。


十四首目:慌てると 上手くできぬは 後押さえ さしたるスキル それもまた無く

訳:焦るとうまくいかない。それを支える技術や後押しのようなものが、自分にはまだ備わっていない。


十五首目:考えり 一首詠みたる 空き時間 言葉はいでり 五分も経たず

訳:考えて、一首を空いた時間に詠んでみた。言葉はすぐに出てきて、五分も経たないうちに出来上がった。


十六首目:詠みたるは 良し悪しあれど 自作なり 固定されたる 作風たらん

訳:詠んだものは良くも悪くもあるが、自分で作ったものだ。そして、おそらく自分の作風はもう固まってきているのだろう。


十七首目:己が作 真理探求 したれども 空とも同じ 思考となるか

訳:自らの作品を通じて真理を求めようとしたが、それは仏教の「空」に通じる思考となるのだろうか。


十八首目:空を問う 類似あろうか 真理とも 比較したるは 己が作とて

訳:「空」という考えに似たものがあるのかもしれない。自分の作品と真理とを比較してみたのだ。


最後に俳句:梅雨時に 降るも降らぬも さもあらん

訳:梅雨の時期には、雨が降っても降らなくても、それが自然のことだと思える。


追記 十九首目:我が短歌 形気にする ものなれど 己が思考は 循環と見む

形式を整えて詠んでいても、言葉が似てくるのは、思考の流れが円を描くように巡っているからなのだろう。