私は、AIがここまで普及してきた時代を見ていると、
人間側の思考がどんどん脆くなっているように感じている。
AIは確かに便利だ。
調べ物も速いし、作業も減らせる。
ただ、“考える力”そのものはAIに任せることができない。
AIには責任がなく、
AIは失敗しても痛まないし、
AIは判断の重みを感じない。
だから私は、
AIに依存しすぎる社会は危ういと思っている。
私は、AIが答えを出す環境に慣れすぎると、
人間は「自分で考える習慣」を失うと感じている。
これでは、人間としての判断力は育たない。
AIの答えが正しいように見えても、
中身を精査しない限り、
ただ流されているだけになる。
私はこれを危険だと感じている。
AIは情報をつなげて答えを作るが、
その過程は人の思考とは違う。
人間は逆だ。
迷いながら考え、
経験から判断し、
誤りを反省し、
責任に耐える。
私は、この“人間の揺れ”こそが重要だと思っている。
AIがどれだけ便利でも、
この部分は絶対に真似できない。
AIは、使い方によって人の差を広げる。
私は、これからの社会では特に顕著になると見ている。
こういう人は、時間が経つほど判断力が落ちていく。
私は、こういう姿勢がないと
AI時代は逆に置いていかれると思っている。
AIは個人だけでなく、社会にも大きな影響を与えている。
私は、AIが「大衆をより大衆化させる」方向に作用していると感じている。
便利さが思考を奪い、
簡単さが深さを奪い、
速度が考える時間を奪う。
その結果、社会は短期的になり、
人々は表面的になる。
私は、AIには本質的な限界があると思っている。
AIは人間を超えるように見えて、
実際には「深さ」の部分が欠け落ちている。
人間が生きる中で得てきた感覚──
迷い、葛藤、後悔、決断、責任、重み。
こうしたものがまったくない。
私は、この差は永遠に埋まらないと思っている。
AIが進めば進むほど、
人間に求められるものはシンプルになる。
私は、思考の深さと、人としての芯を持つことが
何より重要になると感じている。
AIが答えを出せても、
判断し責任を取るのは人間だ。
私は、AIを否定しているわけではない。
ただ、AIに頼りすぎれば、人は確実に弱くなる。
AIが普及した今だからこそ、
人間の側が“考える力”を持ち続ける必要がある。
AIは道具であり、
人間が主体であるべきだ。